不可視型探照灯

制御装置の壊れた探照灯(サーチライト)は、暴走しつつも「何か」を照らし出す。

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交わることのないWeb上の意見表明@足利事件関連に見る突撃取材について

報道ステーションで「どのような報道をしたのか」なんて、これではさっぱり分からない・
再審開始(長野智子blog)
本日、足利事件・菅家利和さんの再審初公判。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/ashikaga_case/?1256079910

今夜の報道ステーションで、長らく取材をしてきた足利事件を放送します。

なぜ、このような冤罪事件が起きてしまったのか。

これまで決してメディアで語らなかったキーパーソンのお話も伺っています。

ぜひ、ご覧ください!!
 → 取材内容は分かりもしない。キーパーソンは誰なのかも分かりもしない。

足利事件の再審始まる(テレビ朝日:報道ステーション)
19年前に栃木県で4歳の女の子が殺害された足利事件で、菅家利和さん(63)の再審の初公判が21日、宇都宮地裁で開かれた。菅家さんは「真犯人は別にいます。冤罪で苦しむ人が出ないように真相を解明してもらいたい。納得のいく無罪判決をお願いします」と訴えた。弁護団は、当時のDNA鑑定のほか、取り調べをした検察官の証人尋問などを求め、最低でも7回にわたって裁判をやるべきだと主張。これに対して検察は「無罪の立証を早くすべきだ」として、3回程度の裁判で十分だとした。また、取り調べを録音したテープの再生を求める弁護団に対し、検察は「別の女児殺害事件の時のもので、本件と関連性がない」として、意見は真っ向から対立。裁判長は検察側にテープの提出を求めたが、テープの再生と取り調べた検事の証人尋問についての判断は示さなかった。さらに、菅家さんが裁判所に謝罪を求めていることについて、裁判長は「再審の意義を踏まえ、まず公平中立な審理を行い、しかるべき最終的な判決の際に考えたい」と述べた。約半年間の審理の後、来年の春ごろには菅家さんの無罪が確定する見通しだが、冤罪の真相がどこまで解明されるかが焦点となる。
 → 報道ステーションのサイトに行っても、特集内容はなく、このような事件の概要しか分からない。

放送内容はgoogle検索をして、ようやく分かるぐらいだ。
当時の最高裁裁判長 亀山継夫氏を直撃インタビュー 2009/10/21(Dailymotion)

書き起こしをされている方もいらっしゃる ↓
足利事件再審とその報道に思うこと(Nothing Ventured, Nothing Gained.) より
長野智子氏(以下、長野):菅家さんに謝罪は何かしないのですか?

亀山継夫元最高裁判事(以下、亀山):そういう問題ではないと思うんですよ。

長野:(いきり立ちながら)どういう問題ですか?人一人の人生が奪われて、真犯人はまだ捕まってないんですよ!

亀山:それを言うなら、警察とか検察庁に言ってください。裁判所というのはね、裁判に出てきた場にある証拠だけを判断するわけです。それしか判断できない。

長野:(亀山の話を遮り)結果として判断を間違ったんですけど、それについてはどう思うのですか?

亀山:何が結果だか、私は自分のした裁判、自分のところに出てきた裁判のことしか考えてませんから、特段の感想はありません(もっとも、亀山元判事は、冒頭には遺憾のことだと思うと発言しているので、編集による作為も感じられる点は付言しておく)。

長野:間違った原因は何だと思われますか?

亀山:もしそれが間違っているとしたら、それは色々なことがあるでしょう。ただね。これ、私は自分の裁判のことではなくて、この事件のことをずっと客観的に見ています。この事件の一番の問題点はね。公判廷で犯人が自白しているということです。被告人がね。公判廷でね、後で、いやそれはウソだったんだというふうなことになっているんです。公判廷でそうむやみやたらにね、ウソでたらめを言ってもらうと困るんですよ。

突然、インタビュー映像は切れ、別の映像(公判廷での自白が仕方ないという印象付けの映像)が流れだす(私はこの後亀山元判事が何を言っているかが一番重要だと思うのですが、編集されてしまっています)。

長野:最高裁に弁護側が再鑑定を申し出て、それから、10年間、菅家さんは無罪のまま、中に入り、真犯人は外にいるわけですよね。

亀山:それに関してはね、なるほど、客観的には遺憾なことですが、それは遺憾だとしか言いようがないよ。そうでしょ?

長野:客観的にって、当事者で裁かれたのですよね?

亀山:当事者で裁くったって、我々は全力でベストを尽くして、やっているんですから、それで、あれ以外にやりようがなかったということですよ。

長野:何か菅家さんに対しておっしゃりたいことは?

亀山:いや、全然ありません。

長野:ないですか?

亀山:全然ありません。

長野:謝罪はされませんか?

亀山:いいえ、全然そういう気はありません。

長野:それはどうしてですか?

亀山:どうしてって、そういう筋合いじゃないんだもん。謝罪をする筋合いじゃないの。制度的に言っても、この事件から言っても。ともかくそういう気はありません。

また、別の映像が流れだす。

亀山:この証拠が怪しいから再鑑定をやってくれとか、そういうことをいちいちどんな事件でもやっていたら、最高裁で、事実審理を全部やりなおさないといけないじゃないですか。そういうことはできないんですよ。

長野:でも、7年たっていて、そこで再鑑定してもよかったんではないですか?科学的な進歩を鑑みれば。

亀山:それならそれでそういう風な再鑑定といわれる、あるいは鑑定をしたそういう風な証拠を、証拠自体を出すべきだったんですよ。

長野:でも出していますよね?

亀山:いや、再鑑定をしてくれという申請しか出していないんだから。それはよく調べて御覧なさい。

長野:弁護側はDNA鑑定出してます!出してますよね?

亀山:いや、それは全然別のDNA鑑定だもん。あの事件のじゃないもん。

長野:いえいえ、足利事件ですよ。

亀山:いやそうじゃないよ。

ナレーションが突然入りだし、その後の亀山元判事の会話が聞き取れない状態になる。

長野:足利事件というのはどういう事件だったんでしょうか?

亀山:どういうってことはない。普通の裁判でしたね。そんな特にあれだということはない。
 → 書かれた人の感想・批評もあるが、書き起こしとしては秀逸だろう。

当然、当該番組を見た感想も様々で ↓

裁判官という職業(mikimarulog) より
弁護側が10年も前から訴えていたことを放置、無視しつづけたあげくに、記憶違いまたは事実誤認したまま、現在まで生きてきた元裁判長。この程度の人が、司法のトップにいるのが現状なのだろう。個々人の気持ちをくむことも、一般的な社会通念も持ち合わせることもない。そんな人たちが一般市民の運命をにぎっていると思うと、やりきれない。

裁判官というものは、数年くらい一般企業などでの社会経験がなければなれないようにすることが大切ではないだろうか。理屈と法律だけで世の中が割り切れると思われてはたまらない。
 →インタビューを受けた裁判官に批判的な人もおり、

醜い…… 足利事件の最高裁番長の言い訳…… 報道ステーションで見ました。最高裁番長になる...(Yahoo!知恵袋)
 → このようなトピックもある。

一方で、書き起こしをされた方は ↓

足利事件再審とその報道に思うこと(Nothing Ventured, Nothing Gained.) より

なお、一般の方からすれば、この亀山元判事の態度が気に食わないとか、おかしいと思う人も多いかもしれません。

確かに、法律家特有の割り切った考え方に賛同できない人もいるかもしれません。

しかし、前述したように、私は同情的です。

まず、長野智子氏の突撃取材取材と質問が、謝罪謝罪を強調しすぎており、被取材者に対する礼儀がありません。亀山元判事の判断が結果的に間違っていたからといって、犯罪者ではありませんし、冤罪が起こったとしても道徳的責任は別として、その個人には一切の法的、社会的責任はないし、それは問えないと考えるべきです。

したがって、真相解明のために取材することは良いのですが、取材姿勢に重大な欠陥があるわけです。

にもかかわらず、亀山元判事が「自分の裁判とは別に、客観的に見た限りにおいて」と断ったうえで、ここまで答えていることには、逆に「よく答えてくれたな」と驚きすら感じます。

 → このように裁判官に同情的な意見も示しており、

7:09 AM Oct 21st Seesmicで (redtail2733:Twitter) より
古舘劇場は,足利事件の審理を担当した最高裁判事にインタビューしていた。判決は「判事」個人が退官後も責任を負うべきものではないはず。しかし「判事が誤った」「その誤りを認めようともせずに保身を図っている」という物語は,世論受けすることは確かだが。あぶない考え方だ。
 → このように報道側の問題点をtwitterで表明している人もいる。

だが、取材をした長野智子氏からも、報道ステーション側もレスポンスを返すことはない。「お楽しみに!」と情報を流すことはしても、情報に向けられた批評・レスポンスに返答をする義務はないのだから。

レスポンスのない空間は、罵詈雑言のない平穏な空間かもしれない。しかし、その空間との障壁が、未来永劫続くとも限らないのだ。

投げっぱなしをするよりも、批評・フィードバックできる土台を形成できること。そして、フィードバックできる題材を皆で持ち寄ることができるようになること。

Webはそれが実現可能な空間なのだが、今回の事象を見ると、メディアと視聴者の関係では、未だそれは発展途上でもあり、未成熟であることの証明なのかもしれない。

2009年10月25日(日) | マスコミ関係 | comment : 0 | Trackback : 0 | 

日米における記者の「一定の礼儀」について

今回は、筑紫哲也氏追悼シンポジウムで垣間見えた、ある光景にスポットを当てる。

筑紫哲也氏追悼シンポジウム(3): 日本の政治報道が抱える諸問題(Spork) より
田勢 ちょっと良いですか。先ほど(福田首相の辞任会見で「私はあなたとは違う」と言う言葉を引き出した記者は見事だ、と)のように思っていられる方が日本には多いと思う。そしてこれは物凄く怖いことだと思ってる。
 内閣総理大臣というのは、自分たちが選んだ衆議院、参議員の議員が本会議で投票して指名される。指名されて天皇が認証して、初めてそのポストに就くんですね。物凄く重い、これ以上重いポストはないんです。そういうポストについている人間が、さほど目に見えた失敗もない、スキャンダルもない、しかしながら自分は国家運営の最高責任者が務まらないと、そこで降りると。
 そういう記者会見で果たして他人事のように喋る人がどこにいますかと、なぜあの記者は聞いたのかと。私には目立とうとしていたとしか思えないのです。私は、それは最近の政治記者の物凄く悪いところだと思うんですね。NHKが全国に生中継しているわけで、あれほど目立つ場はないんです。最後まで全部放送するんですね。そこでこの記者は目立とうとしたと、必ず評判になるんですよ。評判になるためには、総理大臣が怒ることをきけば良いんですよ、簡単なことなんです。私はそういう席に40年いたんだからすぐわかる。
 本当のジャーナリスト仕事は、足で稼いで、事実を集めて、自分が書かなければ明らかにならない、歴史を変えるようなことをやることです。しかしそういう仕事を今、誰もしていないんですね。

田原 目立とうとするのは良くないの?

田勢 いやいや。

田原 スクープっていうのは全部目立とうとするわけで。

田勢 すなわち私は、やっぱり国家運営の最高責任者に対しては一定の礼儀をもって対応すべきではないかと。
 たとえば最近私はアメリカの民主党員の友人に会った際に、ブッシュを相当批判したんですよ。すると最後に彼は、「外国人のお前にそんなことを言われる筋合いはない」と怒り出しました。
 やっぱり、総理大臣は日本国のしかるべき憲法の手続きに基づいて天皇が認証した最高のポストにいる人間だから、いかにジャーナリストといえども、一定の礼儀というのは必要なんじゃないかと思います。このまんまやったら、誰も内閣総理大臣になりたい人いませんよ。散々バカにされるだけですから。

田原 金平さん、今の田勢さんの意見どうですか?

金平 記者会見で一番聞きたいことを聞かない、というのでは記者会見の意味はないと思います。
 なぜ夜討ち朝駆けの非公式な方法が優先されるかが、私には分かりません。例えばアメリカのホワイトハウスの記者会見では誰もが争って目立とうとします。聞くべき時に正々堂々と聞かないという会見だと、単なる形式に過ぎなくなる。だから僕は、会見の際に最高権力に対する敬意を払わなければならないということは理解できません。

田勢 それはまず、ホワイトハウスでは日本とは異なり、昨日今日に記者になった者が番記者をやっているわけではないということと、どんな大統領でもアメリカでは一定の礼儀をわきまえていることが関係しているのではないでしょうか。

以前、このような記事を書いていたのを思い出した ↓

批判される側の対象者であれど、そこに礼節がある記者会見の風景。
 → 2005年頃の記事。当時の小泉首相・ブッシュ米大統領の共同記者会見に関連した、記者の立ち振る舞いを切り取った光景である。

 過去に書いた記事を読み返してみると ↓

全文を表示

2009年10月11日(日) | マスコミ関係 | comment : 0 | Trackback : 0 | 

自縛劇

やっぱり忘れた頃にやってくる特集「メディア関係者のつぶやき」第4回。今回はメモ程度だが。

ぎふ寸評 2009年10月8日(岐阜新聞:ぎふ寸評)
 コラムは権力者や世相を、上手にやゆしたり茶化したり冷やかしたりするから受ける。それが民主党中心に政権交代してからは、何だかやりにくい。

国民の大きな期待を受けて誕生した政権だし、支持率も高いから下手な批判はできない。読者を敵に回すことになりかねない。誕生間もない政権の揚げ足取りも大人気ない。

◆ああ、読み間違いやら失言やらで、次々とネタを提供してくれた前首相の時代が懐かしい。(輝)
 → 自分たちがネタを稼がずに、提供されたネタで築いてきた「記事」「社説」「コラム」により発してきた言葉のせいで、仕事がやりにくくなったとしか思えない。

批判として発信された言葉は回りまわって自分に返ってきた。しかも、自縛という形で。

読者を敵に回してでも、情報を探して提供するという理想の姿に戻るのも一考。今までのスタイルを貫き通す方法が、最良の選択の可能性もある。

しかし、今まで築き上げてきた報道スタイルに、読者の、そしてメディアの「信頼」は取り戻せるのかは未知数。

これもまた、政権交代が引き起こしたエネルギーの反動かもしれない。

2009年10月10日(土) | 特集:メディア関係者の呟き | comment : 0 | Trackback : 0 | 

シフト・チェンジ − 客観風報道から主張報道へ

放送局が報道の趣旨を明確にせず、放送法の「政治的公平」を根拠に報道することが常であった現状から、放送審議委員会よりこのような議事が前に出てくることは、何らかの変化が起きているという象徴だと思われる ↓

第503回 放送番組審議会報告 9月4日(金) 開催(テレビ朝日:放送番組審議会) より
マスコミはマニフェストの実行に対して応援する立場で、やったことは高く評価して、よりいい日本の政治に導いていくようなことをマスコミ自身が考えるべき。民意が民主党を選んだわけだから、応援する立場でものを言ってもいいのではないかと思う。
 → 過去の議事から考えると、放送局がシフトを明確にすることに対しては、どちらかというと消極的な立場であった。一例を挙げると ↓

第490回 放送番組審議会報告 5月23日(金)開催(テレビ朝日:放送番組審議会) より
●最近ちょっと気になるのが、特集で何か取材をして報道をするときに、思い込みが激しく番組をつくっているのではないか。トータルな視点から取り上げて、今どうなっているかということを考えるという形にするべき。

道路予算を凍結し、全部福祉に回してはどうかという、コメントが気になった。道路と福祉のどちらが大事か、優先順位を考えるべきではないかという言い方の方が共感を呼ぶと思う。

キャスターのコメントが断定調だが、それを支えるのがスタッフの方かなと思う。どのあたりまでデータや情報の打ち合わせをしているのかが疑問になるコメントがある。今は、いろいろな形で放送を規制しようという動きもあり、何か対策を講じる必要もあるのではないか。

●コメンテーターが硫化水素を使った自殺の方法についていろいろな情報が流されていることで、「有害情報と言わざるを得ません」と断定発言をしたが、言論機関として軽々に有害情報ということを使うべきではないと思う。

視聴者自身にも溜飲を下げるとかということだけではなくて、考えさせるというような機会が必要なのではないか。そういうものづくりも考えてほしい。
 → 一方的な見方を良しとせず、という意見が委員会から現れ、それに対して ↓

●今起きている現象をただ伝えるだけでは夜10時のニュースとしての意味がない。そのニュースの裏側には何が隠されているのか。本当にそうなのか、ちょっと疑ってみよう、「正直にニュースに向き合おう」というのを合言葉にしてやってきた。放送直前までこのニュースはどうなんだと話し合っている。その方針を続けていければと思う。

我々の番組からのメッセージ、提言もしていかなければいけないのではないか、スタンスというのもある意味旗幟鮮明にしていかなければいけないのではないかということで、やや断定的なコメントにもなっていると思う。
 → 番組の個性のためには、公平性に配慮しつつも提言をするというのが局側の見解である、というのがこれまで行われてきた審議過程である。

番組審議委員会の議事に、委員から客観風報道から主張報道へのシフト・チェンジを求める提言を記載した放送局。

この変化と共に、放送局の報道方針はどう変わるのか?というのも気にはなるが・・・

それ以上に気になるのは、「マスコミはマニフェストの実行に対して応援する立場」「民意が民主党を選んだわけだから、応援する立場でものを言ってもいいのではないか」という、放送局が今まで歌い文句にしていた「権力の監視」という今までの立場とは異なる方向性についての意見に、放送局側の見解が表明されていないことだ。

政権交代がもたらす効果については未知数。報道もまた、未知の領域に踏み込んだようだ。

2009年09月21日(月) | マスコミ関係 | comment : 2 | Trackback : 0 | 

「政策」より「政局」を優先した結果がこれだよ

なんともお粗末すぎる、どいつもこいつも。

鳩山内閣:事務次官の記者会見を廃止、言論統制は否定−平野氏(Bloomberg:アジア)

 9月17日(ブルームバーグ):鳩山由紀夫内閣は16日夜の閣僚懇談会で、政治主導を確立するため、各省事務次官が定期的に行っている記者会見を廃止する方針を決めた。平野博文官房長官がその後の記者会見で明らかにした。

  平野氏は「責任者である大臣が会見に臨むべきだ。決して言論統制の考え方に立っていない」と指摘。「取材と会見は違う」とも述べ、官僚への取材活動までは禁止しないことも強調した。

  この方針は閣僚懇談会で決めた申し合わせ文書に盛り込まれた。記者会見で配布された文書は、「府省の見解を表明する記者会見は、大臣等の『政』が行い、事務次官等の定例記者会見は行わない」と明記。「ただし、専門性その他の状況に応じ、大臣等が適切と判断した場合は、『官』が行うことがある」としている。

  事務次官による記者会見の廃止は岡田克也外相が民主党幹事長として11日に行った記者会見で表明していた。
 → 「事務次官等の定例記者会見は行わない」方針が発表された際はマスコミ側からこんな感じの発言も ↓

【記者会見も変わる】 オープン化した首相会見 新聞・テレビ界も新思考へ(47NEWS:コラム) より
一方、「脱官僚依存」を掲げた鳩山政権は、中央官庁の次官定例会見を廃止した。警察庁、気象庁などの定例会見の廃止を含む見直しにも発展し始めている。沖縄では沖縄防衛局の定例会見も中止になった。これら「なんとか庁(局)」のトップは官僚だ。16日深夜からの閣僚初会見で、記者たちがこれらの点について新大臣ひとりひとりに質問していた。すごく気になるのだ。
 下手をすると国民の知る権利を損ないかねない、という大上段からの議論をする人もいるだろう。しかし、キーワードはあくまで「脱官僚依存」。官庁の次官定例会見がなくなっても、それだけなら国民は「だからどうした」だろう。政治の官僚依存に対する反省とあわせて、報道側も官庁情報依存の危険性を逃れるきっかけにしていくべきだ、ということなのではないか。
 → こんな風に「下手をすると国民の知る権利を損ないかねない」という意見を「大上段からの議論」と一蹴し、「報道側も官庁情報依存の危険性を逃れるきっかけにしていくべき」と語るメディアもいた。

しかし ↓

■選択のあとに:09政権交代 鳩山内閣発足(その2止) 知る権利に不安も(毎日新聞:政治) より
 「脱官僚」を掲げる鳩山政権は16日、各省の事務次官による記者会見の廃止方針を正式に打ち出し、各省庁の担当者に、廃止対象にはブリーフィング(記者への説明)なども含むと説明した。取材規制とも受け取れる内容で、省庁側では会見とりやめの動きが相次いだ。同日夜の会見で平野博文官房長官は「言論統制の考え方はない」と述べたが、識者や官僚からは「政治主導の情報統制が進み、国民の知る権利を制約しかねない」との声が出ている。新政権の閣僚らが十分な会見の機会を確保するのか注目される。

 内閣官房から各省庁広報担当者へは「記者懇談会、ブリーフィング、少人数の記者への勉強会も廃止対象」との方針が伝えられた。これに対し、平野官房長官は「取材と会見は違う。ブリーフなどは(政府の)見解や会見ではない」と釈明した。

 次官会見の廃止は、民主党幹事長だった岡田克也外相が11日に表明した。閣議前日の月曜と木曜に開かれる次官会見での質問内容は、各省が抱える政策など多岐にわたる。08年の汚染米不正転売問題では、農水省の検査体制の不備が追及され「農水省に責任はない」と発言した当時の白須敏朗事務次官が辞任に追い込まれた。

 次官が記者から直接質問を受けるため、日常的な緊張感をもたらすと口にする次官もいる。元テレビ朝日記者の岩崎貞明・放送レポート編集長は「取材活動の一つである事務次官会見は、記者側の要請で続けられてきた。新政権が一方的に廃止できる性格のものではないはずだ」と話す。
 → さっそくメディア側の不安を煽り立てる記事が配信される。

「民主党方針と矛盾」=会見廃止、メディア研究者が批判(時事通信:政治・行政)
 鳩山内閣の各省庁事務次官らの記者会見廃止について、民主党の「政治資金問題第三者委員会」メンバーでもある服部孝章立教大教授(メディア法)は17日、「『脱官僚依存』を掲げ、政治家が自身の言葉で責任を持って説明すること自体はいいこと」と指摘した上で、「政治家による会見一元化は国民の知る権利を奪うもので、民主党が掲げる情報公開と矛盾する」と批判した。
 さらに、中央省庁に加え、沖縄など地方の出先機関でも記者会見を中止する動きが出始めたことについて「中央集権化や情報管理を強めるもので、民主党が進める地方分権とも相いれない。特に沖縄では2004年8月の米軍ヘリ墜落事故や基地移転問題など、国の出先機関に直接取材する必要も多いのでは。国民に一刻も早く情報を伝える必要が出た場合、いちいち東京にいる大臣らに広報の許可を取っていては緊急時に対応できない」と懸念を示した。(2009/09/17-21:25)
 → マスコミ御用学者からは早速批判の声が。

【新政権発足】次官会見禁止は「報道の自由への不当介入」新聞労連が抗議声明(産経新聞:政治)
 新聞労連は17日、鳩山政権が事務次官による記者会見を禁止する方針を示したことに対し「報道の自由への不当な介入だ」と抗議する声明を発表した。

 声明では、事務次官などの官僚による記者会見は、政策形成過程を国民に明らかにする上で不可欠な取材の場と強調。「時の政権の意向で一方的に廃止することは取材の自由を侵し、ひいては市民の知る権利を制約する暴挙にほかならない」と厳しく批判している。
 → 新聞労連も「報道の自由への不当な介入だ」と抗議する。

さっそく「大上段からの議論」を吹っかけている滑稽な様を見て、笑うしかない。

「記者クラブ解体論」の議論も傍目から見るとおもしろい。

全文を表示

2009年09月18日(金) | マスコミ関係 | comment : 0 | Trackback : 0 | 

ソースを確認しないと大変なことになりますよ

こんなタグを使うのも久々だが、結構恐ろしい事例なので紹介しておく ↓

20090805kymi01.jpg 20090805kymi02.jpg
アポロ月面着陸と911事件の真相(きくちゆみのブログとポッドキャスト ) より
一世を風靡した映画監督スタンリー・キューブリック。彼がアポロ月面着陸の映像捏造に関与?

http://www.youtube.com/watch?v=IlNlsP_4UFM
http://www.youtube.com/watch?v=VIctaJO3TtY&NR=1

911事件でも要人のラムズフェルドさんやキッシンジャーさんが、このときも関わっている。メディアを総動員して、あんなに大勢の人が関わっていて、どうやって秘密をキープしたのでしょう?ラムズフェルドさんの「私は今でもあの決定は正しかったと思っている。アメリカの強さを認めさせるために・・」という発言には言葉がでません。

この秘密を守るためにどれだけの人が苦しんだかを思うと、胸が痛みます。そして、「アメリカの強さを認めさせる」目的のためにどれだけの人が犠牲になっているのでしょう。

アポロ月面着陸のことがここまで明らかにされてきているということは、911事件の真実が明かされるのも、時間の問題かもしれません。
 → 「アポロ月面着陸のことがここまで明らかにされてきているということは、911事件の真実が明かされるのも、時間の問題かもしれません。」と、Youtubeに掲載された映像をもとに論を展開しているきくちゆみ氏。

さて、その「映像」が本当に「アポロ月面着陸の映像捏造」の証拠となりえるのか?

時は、動画のソースであるテレビ朝日「ビートたけしの世界はこうしてだまされた!?」が放送された2003年12月31日頃に戻ると ↓

全文を表示

2009年08月08日(土) | ネットウォッチ | comment : 2 | Trackback : 0 | 

メモ:TBS世界陸上「選手のキャッチコピー問題」は突然起きた話題ではない

久々にスポーツ関係のエントリ。今回はメモ程度の内容だが。

2009世界陸上関係のニュースで、こんな報道がされていた ↓

TBS世界陸上、選手キャッチコピーダメ!(サンケイスポーツ:芸能)
 陸上の世界選手権(8月15日開幕、ベルリン)の独占放送権を持つTBSテレビが、日本陸連から選手のキャッチコピー(CC)を撤廃するよう通達を受けていたことが24日、分かった。
 同局では1997年のアテネ大会から独占放送を続けており、男子短距離の朝原宣治(37)を「燃える走魂」、男子400メートルハードルの為末大(31)を「侍ハードラー」などと日本人選手、有力外国人選手に独自のCCを付け、大会期間中に連呼してきた。だが、ネット上での批判や一部のネーミングに不信感を抱いた現場関係者も多く、高野進強化委員長(48)らが“強権”を発動したとみられる。

 この日、男女短距離とハードル陣の代表合宿が山梨・富士北麓公園陸上競技場で公開され、男子400継で中心となる塚原直貴(24=富士通)が「(高野)強化委員長がテレビ局に『(CCは)もういいんじゃないか』と言ったみたい」と明かした。

 TBS関係者も「確かにそのような話があったようです。今回は付けるにしてもかなり少なくなるはず」と認め、CCではなく、世界記録保持者など正当な肩書を使用することも検討中という。MCを務める俳優、織田裕二(41)の熱いコメントとCCで盛り上げてきた世界陸上中継が、方向転換を余儀なくされそうだ。
 → このような「TBSとスポーツ報道」をめぐる話題は2009年に降って沸いた問題ではない。遡ること2007年、TBSの番組審議会議事録に以下の記載が残っている ↓

今年のTBSの番組全般及び放送界の動向について 2007年12月17日(月)開催 / 第503回番組審議会より(TBS:番組審議会議事録) より ↓
(筆者注:今年のTBS全般について 委員からの発言)
◇総合雑誌に「日本のスポーツ振興のためにはTBSスポーツ局の解体が緊急課題だ」との論文が載っていたが、TBSは反論すべきだ。
 → この総合雑誌について詳細が不明ではあるが、2007年の話題として軽視するには違和感を覚える。情報の出所はどこなのだろうか?

2009年07月26日(日) | マスコミ関係 | comment : 1 | Trackback : 0 | 

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