TBS・News23「ネット時代のジャーナリズム論 」(3)−偏った「フィルタリング」が問題となる

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2005-11-25

[前回までのエントリ]
TBS・News23「ネット時代のジャーナリズム論 」(1)−紹介された「調査結果グラフ」に突っ込みを入れる
TBS・News23「ネット時代のジャーナリズム論 」(2)−存在しない発言で叩く旧来手法

さて、今回は「マスコミのフィルタリング」に関する話題である。

特集 ネット時代のジャーナリズム論(TBS:News23) より書き起こし
(敬称略)
(筆者注:ブログにおける情報発信と、マスメディアによる情報発信の量や差について湯川氏が語った上で)
△鳥越 ただね、そういう表面的に起きた事件とかですね、そういうものはそこに居合わせた人とか、そばにいた人とかが発信できる。新聞記者はそこに駆けつけていくのに、時間差がありますからね。
▲湯川 そうですね。
TBS-bvm7.jpg
△鳥越 そういうのがひとつ。それからもうひとつ、あれなのは・・・。ニュースはいっぱいあるんですけど、それをやっぱ仕分けしなければいけないじゃないですか。仕分けする人はやっぱり必要なんですよね、やっぱり。「これを捨てる」「これは取る」と。これはやっぱり、ある程度・・・。素人だけではできないんで。
▽筑紫 それは、そうですね。
△鳥越 プロフェッショナルな人も必要になってくるんじゃないかな、って僕は思うんです。
 → マスメディアによる現在の報道手法というので、「配信元が情報を仕分ける」という工程は、実は現在のメディアの強み、そして情報価値という意味では残ると思う。そう言う意味では、鳥越氏、そしてここでは触れてないが湯川氏の言う「ブログの情報量は圧倒している」という部分での弱点は確かに存在する。

例えば、事件報道に関してだが、ある持ち上がってきた事象に関して「噂話」か「真実」かというのは、一定の担保は必要となる。例えば ↓

「報道」と「噂話」の違い (たかじんのそこまで言って委員会:「犯罪被害者の実名・匿名報道について」[一気読み専用]) より
▼宮崎
聞いて、聞いて。実名を報道しなければ、属性も報道できない。例えば「どこの地域でどこの住所で起こったか」ということも「家庭内で起こったか、通り魔なのか」っての、そこの理論がよく分からなかった。

▼橋下
できるじゃないですか。「家庭内の事件」とか。

▼辛坊
それを、本当にそれが起きたということを、なぜ橋下さんは「信じる」ことができる訳?

▼橋下
いや、1年365日何百万、何百件、何千件とある事件の中で、じゃあ我々国民がいちいち被害者の名前をひとつひとつ覚えてますか、ということなんですよ。

▼辛坊
大切なことは、もし疑問に思ったときに、市民がそれを検証できる報道かどうか。これが報道か噂話か(筆者注:違いについて)。

▼橋下
それは、・・・まで権限を与えなくてもいいじゃないですか。

▼辛坊
匿名の、匿名の。これは言っておきますよ。「枚方のどっかで殺人事件事件が起きました。誰が被害者なのか分かりません。」これは、報道とは言いません。これは、噂なんです。で、こういう噂は、今、この間から少女に対する事件が起きるとね、ありとあらゆる自治体で山ほど起きています。で、もうね、嘘・虚実入り混じって、もう嫌な監視社会ができあがって。「どこで」「何が」ということがはっきり分からないものは、それは噂話であって報道ではないんです。
 → つまり、「ある出来事」というものに関して、例えば「警察発表」などを通じ記者が裏を取るのも報道の仕事であり、またその調査結果が「警察発表」の信頼性を裏付けるものとなる。そして、報道された人や会社、地域などの要素がそれぞれ事後でも追跡可能であるものということで、メディアの報道の信頼性が保たれ、また警察発表も、時により被害者の補償に関する客観的裏付けなどが全体に担保されるのだ。

この担保が無いまま、何もかにもが「メディアの責任のみ」において報道されるのは、不確かな情報の氾濫と言うものを招き、また「発表者のプレスリリースのみ」というのも同じく不正確な情報の氾濫という意味で、これまた危険な要素を含むのは、落ち着いて考えていただければ分かるであろう。

ただ、ここでメディアに限って問題を挙げるとすれば、鳥越氏の語った「情報の仕分け」というもの、つまりマスコミ側の情報フィルタリングが、果たして国民の生活や安全などの「公共の福祉」に対して、本当に寄与しているのかというのが問題となる。

特に問題にすべきは、このような事象であろう ↓

フォラツェン医師との再会------家族会座り込み2日目(酔夢ing Voice)
2年前のフォラツェン氏のインタビューで最大の収穫だったのは、5月30日の国民大集会をTBS「News23」が1秒も報道しなかった理由を、TBS関係者が「あれは、ナショナリズムの集会だから」と彼に言ったという証言を得られたことだ。その証言を、私は「諸君!」(平成15年7月号)の「拉致家族と朝日新聞&筑紫哲也の深すぎる溝」に書いた。
 → 拉致という人権侵害に対して「あれは、ナショナリズムの集会」というフィルタリングにより報道をスルーしたTBS。

拙Blog内の話題で言えば、以下のようなものか。

日本のマスコミが載せない、「WSJ紙」に掲載された沖ノ鳥島のために活躍する日本人の記事
 → WSJ紙に掲載されていた沖ノ鳥島に関する批判記事のみを取り上げ、隠されていたもう一つの話題が「沖ノ鳥島を使用した海洋安全」と「自然共生の研究」だった話題。

ごく最近で言えば ↓

2005年11月24日(東京新聞:筆洗) より
▼かねて風邪気味のときは、ニンニクをこってり利かせた焼き肉を食べるに限ると教わり、以来、風邪対策の特効薬代わりにしてきた。キムチは最近、寄生虫卵騒ぎで不評だが、なあに、かえって免疫力がつく。
 → 食の安全を軽視したコラムとか。

マスコミが本来すべきフィルタリングとは、上記のような「公共の福祉」などを無視し、批判を展開したり無視を決め込むことではないはずだ。

偏ったフィルタリングは、マスコミが自分自身で律せよ。それができなくて、何が「プロのジャーナリズム」だ。



最後に与太話。こんな話題があったが ↓

特集 ネット時代のジャーナリズム論(TBS:News23) より書き起こし
(敬称略)
▽筑紫 まあ、あの。(筆者注:ブログの)プラスの面が非常に湯川さんは評価されているんですけども、問題というのも一方であると。
TBS-bvm3.jpg
▲湯川 もちろんですね、問題点というのがたくさんあると思います。ひとつにはネットが島宇宙化するというか、分断されてしまう。人々は、耳当たりのいい情報ばっかりを選んできて聞くということになると、同じような意見を持った人ばかりが議論するわけですね。そうなるとどういう事になるかと言うと、議論がだんだん過激になってくる訳ですね。
△鳥越
なるほどね。
▲湯川  それでちょっと暴徒化してしまって・・・。あの、CNNの幹部が辞任に追い込まれたのを私はリアルタイムで見てたんですけど、もうこれはリンチ・ボムのような感じですね。ちょっと見ていて、あまり気持ちのいいものではなかったですね。そういうマイナスの面もあるかなと思います。
 → 自分達に耳障りのいい報道も律しないとね!

例えばこんなのとか ↓

 TBS-bvm8.jpg

例えばこんなのとか ↓

共同通信編集委員・後藤謙次氏が放つ「捨て身のギャグ」 より

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最後に。

ブログと「NEWS23」(酔夢ing Voice) より
評価すべき点を挙げれば、CNNの討論番組を流し、そこで「ブログや保守系のFOXテレビの隆盛は、アメリカのリベラルメディアの長年の偏向が多くの国民に批判されているからだ」というコメントが <TBSで流れたこと> だが、「NEWS23」の討論でその言葉が論じられないという失態を見せてくれた。そもそも、この話題は古すぎる。今年の2月ごろに取り上げていれば、hot issueだったのに。
 → このCNNのアナウンサーの発言に関して、詳細はこれ ↓

特集 ネット時代のジャーナリズム論(TBS:News23) より書き起こし
(CNN政治アナリスト ジェフ・グリーンフィールド氏の発言について)
TBS-bvm9.jpg
▼ナレータの声 今、この国で我々が見ているのは「反乱」です。保守系のFOXテレビ、ブログが勢い付いているのは、既存の大手メディアが傲慢でリベラルだと思われていて、それに対しての反乱が起きているのです。
 → あくまでも、自称で「リベラル」と称しているだけではないか、と感じるのは私だけなのだろうか。本当に「事実を報道する」という立場を貫くのであれば、このような立ち位置の発言なぞ、空虚なものとなるはずであるが。

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: 2005年11月25日(金) 02:15 edit
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酔夢ing Voice - 西村幸祐 - : 2005-11-25 02:19

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