TBSの人間が持つ「メディアに対する意識」が面白い

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2006-07-28

こんな画像を見て、久々に興味が沸いてきた ↓
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特に興味を持ったのは、以下の2人が書いた部分 ↓

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私たちが答えます(TBSテレビ採用2007:報道仕事紹介) より
新聞記者であれ、テレビ記者であれ、取材をし、それを何らかの形で発表することに変わりはありません。どちらの記者でも問われるのは「取材力」であり、「構成力」、「表現力」である訳です。ところが、決定的に違うのは表現の場が活字媒体か、テレビ媒体かということです。

新聞は活字でしか表現できませんが、テレビは映像や音声、スーパーなど様々な手段で視聴者の視覚と聴覚に訴えます。ですから、それだけ情報の受け手に強い印象を与えることができる訳です。また、テレビはまだまだ発展途上であり、可能性が無限にあります。ですから、手前ミソですが私はテレビ報道のほうがよりやり甲斐があると思います。

テレビはどちらかと言えば情に訴えるメディアであり、理屈を表現するのは不得意な所があります。また、原稿で細かく説明するよりは、ストーリーの枝葉を極力切り落として、幹だけで表現することを求められます。要するに新聞、テレビともに一長一短あり、どちらがより自分に向いているか適正を見極めることが大切でしょう。
 → ストーリーの枝葉を切り落として、表現をしてしまったことが顕著に見え隠れする以下の事象について、杉尾氏は社会部部長の立場から見て、一体どう考えているんだろうか ↓

TBS・News23「ネット時代のジャーナリズム論 」(1)−紹介された「調査結果グラフ」に突っ込みを入れる
メモ:米国における主要な機関への信頼度調査

事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。



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ガラス張りの部屋から(TBSテレビ採用2007:報道仕事紹介) より
テレビ報道はまだまだ可能性のある仕事です。やりがいがあります。同時に責任のともなう職業です。マスコミ志望の最近の若い人たちと会ったり話したりして感じることのひとつは、マスコミ企業に就職することを、一種のスキル、テクニックのように考えてるんじゃないか、という実感です。マニュアルなんかないのです。学生時代から時事問題なんかにやたら詳しくても、メディアに関わることとはあんまり関係ないと思います。

それから、メディアに対する批判能力は大切だと思いますが、やたらメディア批判ばかり聞きかじって、「報道被害」だの「人権」だのというのも、個人的にはシンドいなあ、と思います。「人権」や「報道の加害」は、本当に報道に関わって自らの痛みとして知るべきことがらだからと思うのです。
 → 何だか「映画を作ったこともない素人が評論するな!」とか「法律も知らないくせに!」などの類の反論をふと思い出した。(単に思い出しただけ)

むしろ、このような金平氏の考え方というのは、こういう主張を対極として投げつけておこうと思う ↓

Vol.25 2005/12/28(たかじんのそこまで言って委員会:辛坊副委員長室) より
  なぜ国民が世の中で起きていることを知らなくてはいけないのか、それは縷々述べた通りですが、私は、それを知ることは、単に国民の権利だとは思っていません。むしろ義務の部分もあるとさえ考えています。知りたくない、あるいは知るのが辛いことでも知らなくてはいけない時があると思うのです。知ってこそ、未来をどう開いてゆくのか、その決定が正しいかを判断することが出来ると考えるのです。
  残念なのは、こんなことを議論してるのは日本くらいなものだということです。世界のほとんどのまともな国では、犯罪報道においては、被害者も加害者も実名です。ヨーロッパの一部の国では、未成年の性犯罪被害者が生存しているケースですら、実名で報道されることがあります。それは、犯罪被害者には何の恥ずかしいことも無い、悪いのは加害者であるという意識が徹底しているからかも知れませんが、それ以上に歴史的に報道は実名で行わなくてはいけないと学んでいるからです。そこに至るには、刑事事件の法廷が、必ず公開で行われなくてはならないことと同じ背景があるのです。血を流して言論の自由を手にしてきた多くの国で、自明の理と思われていることが、なぜ日本では論争の対象になるのか。言論の自由はメディアの権利ではなく、国民の権利であるという、その根本がなぜ日本では忘れられつつあるのか。そして、何より何故日本では、国民がメディアに「情報を出せ」ではなく「情報を隠せ」と求める方向に世論誘導が行われつつあるのか。
   昔、新聞記者は「ブンヤ」などと差別され、世間から哀れみの目で見られることはあっても、自分の子供にやらせようなんて絶対に思わない職業でした。しかし、時が移り、今やマスコミで働くのは花形職業らしいという大きな勘違いを、メディアも、そして市民も始めたところに問題の一端があるんじゃないかとも思います。つまり、メディアがいつの間にやら最も忌むべき間違った「権威」になってしまい、メディアこそが、人権侵害の主犯であるというイメージすら、メディア自身が作り上げてしまったように思うのです。私は、その中で二十数年生息してきて、その過程をいやというほど見ています。メディアがこれ以上市民に嫌われたら、それこそ、「都合のいい情報だけを市民に届けたい」と、その性(サガ)として考える「権力」の思う壺でしょう。これ以上メディアが嫌われないためにはどうすればいいか、メディアの人間はもうちっと真剣に考えないといけません。
 → 辛坊氏に対する評論は多々あるが、私は上記の主張について賛同を意をここに表す。

現在ネット上や書籍上などで展開されている(最近では新聞・テレビも徐々に一部で浸透しつつあるが)メディア批判というムーブメントの底流には、この『メディアがいつの間にやら最も忌むべき間違った「権威」になっ』たこと、『メディアこそが、人権侵害の主犯であるというイメージすら、メディア自身が作り上げてしまった』というこの2つが批判の誘因要素として、しかもこれらが決して過小評価できない要素となっているということとして、私は確からしいと言っても過言ではないと考えるのだ。

この2つの要素というのは「人権」や「報道被害」ということだけでなく、私がずっと唱えている「徹底的な事実の追求」「情報の品質と価値の維持」というものに対しても決してずれることはない、必要な要素でもあるのだから。メディアは時として報道の必要性、とりわけ「表現の自由」を行使して社会への情報伝達を利用した生業をしているのであるが、時として「報道被害」「報道内容」を踏まえたメディア批判に対峙した時、彼らは積極的に「説明」をしてきたのだろうか。

少なからずとも、テレビ局では日曜の早朝における15分〜30分程度の説明番組だけで疑問に答えようとし、新聞では月1回程度の「報道と読者」委員会のような、外部識者を呼んだ委員会議事録程度を公開するのみだ(あとは会社のプレスリリース程度であろう)。報道内容に対する疑問・批判を取り上げる機会は明らかに少ない、と私は考えている。

そのようなことを踏まえた上でも、金平氏は『やたらメディア批判ばかり聞きかじって、「報道被害」だの「人権」だのというのも、個人的にはシンドいなあ、と思います。』と私の考えを批判するのだろうか。



さて、余談ながら面白い主張があったのでここでメモ程度に取り上げる ↓

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私たちが答えます(TBSテレビ採用2007:報道仕事紹介) より
Q.企画はどう立てる?
「筑紫哲也NEWS23」や「報道特集」をいつも見ていて、自分もこんな企画特集をやってみたい、と思うようになりました。ニュース番組の特集企画は、誰がどのように発案し取材しているのでしょうか。入社数年目の若手にもじっくりと企画ものを作るチャンスはあるのでしょうか。

A.News23は何でもアリ、年齢制限ナシ。求む!新たな「血」
17年目を迎えた筑紫哲也NEWS23で、筑紫対論や多事争論とともに番組の柱となっているのが特集企画です。日々の短いニュースでは伝えきれない国内外の多種多様な動きを10分から20分規模でじっくり掘り下げて報道するもので、ここでのオンエアを目標に、地道な取材を続けている記者も少なくありません。

NEWS23での特集は、「何でもあり」が大原則です。TBSだけでなく、JNN系列局や社外のプロダクション、あるいはフリーのビデオジャーナリストにも広く門戸を開き、そのテーマも政治、経済、社会、国際、文化、芸術、芸能、風俗、スポーツなど多岐に渡っています。企画担当デスクの下には、企画提案書が山のように積まれています。

提案された企画は、筑紫キャスターが主宰する週一回のスタッフ会議にかけられ、そこでデスクやディレクターらの厳しいチェックにさらされます。提案に独自性はあるか、問題意識が先進的あるいは普遍的か、さらには一方への偏りはないかなど、様々な角度から検討が加えられ、これをクリアしたものがオンエアに向けた取材を認められる仕組みです。

2005年の番組の年間テーマは「翔」。これに沿って、シリーズ大定年時代や「翔ぶ女たち」といったユニークな企画が誕生しました。また「シリーズNIPPON人」と称して、米軍基地再編問題や憲法改正、愛国心などの連続企画もオンエアされています。

もちろん、この世界に「年齢制限」は全くありません。入社2、3年目の若い記者から、上は定年間近(?)の大ベテランまで誰でも自由に企画を提案し、オンエアを競っています。NEWS23は常に、新たな視点、新たなアイデア、そして新たな「血」を求めているのです。
 → ふーん(棒読み)

杉尾さんに書いた項でも読めばいいと思います。

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