2007-09-25
玄倉川氏から、示唆に富んだトラックバックを頂いた ↓
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あえて日本テレビの「盗撮」を賞賛する(玄倉川の岸辺) より
たしかに、公共性(公益性)の判断なしに単なる野次馬根性で「盗撮」したのであれば見さかいなく暴走する危険性をはらんでおり危険だ。日本テレビの批判への対応に注目する必要がある。もし杉村議員や自民党が抗議してきて(その可能性は低いと思うが)簡単に謝罪するようなら、私も「なんだ、興奮して浮かれただけなのか」と大いに失望し、そのときこそ日本テレビを批判する。
→ 玄倉川氏も、「
公共性(公益性)の判断なしに単なる野次馬根性で」件の
報道をすることに対しては賛成しない、という点においては共通していると考える。
ただ、玄倉川氏はあえて私の考える『今回のような「盗撮
報道」を、あなたが「公人」とメディアに看做されたときに、盗撮を行われても問題視しないのか』という意見については、杞憂との意見を頂いた。
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あえて日本テレビの「盗撮」を賞賛する(玄倉川の岸辺) より
一般市民の投票にまでマスコミの盗撮行為が広がるのではないかという心配は私には杞憂に思える。そもそも誰が一般人の投票行動に興味を持つだろうか。単純に報道価値がない(視聴率が取れない)からやらないだろう。仮にどこかのマスコミがやったとしても明らかに憲法15条違反であり言い訳のしようがない。もちろん私も批判する。
→ 確かに、『一般市民の投票にまでマスコミの盗撮行為が広がるのではないか』という心配を杞憂と表現されるのは至極もっともな意見であろう。現時点でのメディアが「ネットだけで非難を浴びることが多い」という状況であるならば、の話だが。
ここで、
日本テレビが今回撮影した映像について、私が『単に「自民党だから・・・」「杉村議員だから・・」という安直な考えで、今回の
報道を批評すべきではない。』としたのは、この撮影をされた対象がたまたま「自民党の杉村議員」だったというだけであり、今回
報道された杉村議員だけが「狙い撃ち」された状況というのが異常な状況だと個人的には考える。
可能性論で言えば、杉村議員以外の議員が撮影されたということは十分に有り得るだろう。彼らの映像が単なるお蔵入りになる・・・という状況ではなく、
不特定多数の議員からこの手元撮影映像の「アーカイブ」を用いて、メディアが「狙い撃ち」報道を行う恐れはないのか、という懸念もある。また、「(自民・民主・公明・共産・社民・国民新・・・など)党」の党首を選ぶ選挙という場において、ある特定の「○○議員」だけが狙い打ちされる、という事態も考えなければならない。その先には、我々一般有権者の投票行動(一般的な市区町村における議員・首長指名選挙、衆・参議院議員選挙の投票所)もあるということを考えなければならないと考えたのだ。
(ただ、我々の一般投票まで盗撮
報道が・・・というのは、可能性が限りなく低くなるだろう。玄倉川氏の仰るとおり『杞憂』だろう)
そして、メディアだけがこの「アーカイブ」による「狙い撃ち」報道をすると考えてはいけない。メディアだけの暴走により、狙い撃ち
報道をするというのも最悪だが、
より最悪なのは「メディア側に権力が介入」し、この種の報道を行なわせるという事態なのだ。このときの『権力』というのは立法、司法、行政、警察、権力、企業、市民団体など多岐に渡る。メディアが「権力の介入を許さない」姿勢を現実に貫いている場合なら、玄倉川氏の言う『
日本テレビよくやった。ついでに「総裁選の議員投票を記名式にすべき」とキャンペーンしてくれ。』という意見に現実性が見えてくるだろう。
しかしながら、日本テレビにそのような主張を貫くだけの説得力はあるだろうか?少なからずとも、今回の日テレが取った
報道手法は、「盗撮」とも揶揄される
報道手法を行った説明責任を果たしていない。
説明責任を果たさなければ、「総裁選の議員投票を記名式にすべき」などというキャンペーンを日テレが張った時点で、最近のメディアがよく発する『道義的責任』を当然の如く突きつけられるであろう。玄倉川氏のように、
日本テレビの
報道手法を評価している声もある。私のような、
報道手法への批判を挙げている声もある。
だが、とにもかくにも、「なぜ、日本テレビが杉村議員の投票行動を事細かく報道したか」については、彼らからは何の説明もないまま、時が過ぎ去っている。このような事なかれ体質は、
日本テレビに対する不満や批判だけを生み出すだけではなく、メディア全体への不信感を醸成する。
その先に待っているのは、メディア自身が最も嫌う「世論に迎合した形での権力によるメディア介入」なのだ。彼らがいかに「世間に貢献する
報道」を多数行ったとしても、
わずかばかり「説明不足」を怠るがばかりに発する「不信感」が世間に蓄積され、増幅されたときに、権力がこれそとばかりに差し出した手が放つのは、
メディアへの強烈なバックドラフトだろう。日本テレビは今こそ、この説明責任を果たすときだ ↓
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「日本テレビ取材・放送規範」作成について (日本テレビ:プレスリリース) より
〈人権の尊重〉
取材・放送は、人権を尊重し、不当に名誉を傷つけたり、不当にプライバシーを侵害してはならない。
(中略)
一、 放送すべき公共性が認められる場合以外に、プライバシー侵害に当たるような隠し撮りをしてはならない。
→ 世間にいくら批判されようとも、今回の
報道の重要性を、その必要性を。社会への貢献性を地道かつ愚直に話すべきだ。国民が、市民が権力によるメディアへの介入を許さないために。
それすらできないのならば、いつまでもメディアは彼らの望んだ
「理想の世界」に閉じ込められたままでいればいい。
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